先日、出張である街を訪れた。その場所は思い出のある場所であった。10年前にその街の予備校に通っていたのである。書店が並んでいたり、大学があったりと、時間を忘れさせてくれる街ではあったが、自分は、1年間、ただひたすら勉強していたことを思い出す。あれほどにまで勉強をしていた時期というのもなかったことであろう。当時は不安でたまらなかったが、今となっては、あの1年が自分の中では大きかったのだと思っているのだ。高校生の頃に、進路面談があった。自分の成績は泣かず飛ばずといったところであったが、数学と物理の成績だけは飛びぬけていた。確かに数学は好きであったし、物理は数学の延長であったような気がした。勉強していても苦ではなかった。担任の先生が、まず成績をみて、理系への進学を勧めてきた。それに腹が立ったのである。自分の希望の前に、成績だけで判断されたからである。高校の頃の苦い思い出である。これが予備校に行くきっかけだった。その後、自分は理系への進学を断り、文系への進学を希望し、特に進学したいところもなかったが、なんとなく文系の勉強を続けていた。もちろん、大学受験は現役では志望したところに進めなかった。そのため、予備校に行って、もう一年、文系の勉強をすることにした。それにしても、追い込まれると自分はここまで頑張れるのかと思うくらいがんばっていたような気がする。時々、仕事で気持ちがげんなりすると、予備校の頃のことを思い出すのである。
予備校の授業は、気に入った講師の授業が選べるために、夏期講習や冬期講習の申し込みの時には、何時間も並んでお気に入りの講師の授業の申し込みをした思い出があります。予備校の講師の中には、その授業の内容に定評があり、受講するためには行列を作るような場合も多かったのです。そこで講習会の講座を無事に申し込むことができても、授業の当日も、良い座席に座るためには授業の始まる1時間以上も前から座席を確保する必要があったのです。このように講習会の申し込みに行列を作ったり、良い席で授業を受けるために早めに予備校に行った思い出は、まるでアイドル歌手のコンサートにでも行くような感覚でもあります。
私自身も高校2年生から3年生までの間予備校に通っていました。かなり昔のことになるので記憶も薄れていますが、学校があるときは週に2回程度でした。夏休みなどの場合は、夏期講習という特別授業を受けるために週3回程度通っていました。予備校での思い出というと、やはり友達と一緒に通っていたことが一番かと思います。
かなり昔のことになりますが、私は大学受験に失敗して一年間浪人生活を送りました。その時の体験から、予備校の思い出を書いてみたいと思います。きっとそこから予備校生活において大事なものが見えてくると思います。まず予備校の思い出といえば、一日中が自由時間だということです。朝起きて予備校に通うわけですが、途中で映画を見に行ったりしました。しかしそれも自由なのです。図書館に寄って勉強するのも自由です。
私の知り合いで高校を卒業して大学に進学する予定だったんですが、残念ながら試験に落ちてしまい浪人をすることになったことがありました。私はその友人から色々と相談に乗っていた時の思い出なのですが、高校生の時に予備校などには通わず、独学で勉強していたので努力が足りなかったかもしれないと言って後悔していました。しかし大学に入る夢を諦めきれない友人は1年だけ浪人をすることになりました。けれども独学だけでは不安なので予備校に通う事に決めたそうです。
予備校というと受験に向けて予備校にひたすら通い、予備校で講義を受け、予習、復習を頑張るといった思い出が強いです。というより、それが普通と思っていました。ところがこの前、自分より年下の人と話している時に、大学受験や大学の話をして、予備校の時の話になりました。この時に、自分の予備校の思い出とその友人の予備校の思い出というのが違っていたのでビックリしました。今ではやはり予備校といえども違いがあるのだなと思いました。それというのも、この年下の友人の場合、予備校を通っていたというよりは利用していた。